天狗寺成魅

全身をほのかにむしばむ痛みとそれを感じさせないほどの力が身の内に存在していることを確認しながら目を覚ます。

「ここは.......」

ガシャンッッ!!

腕を動かそうとして鎖で四肢を拘束されていることに気づく。

おそらくここは父が各地につくらせた研究所のうちの1つだろう。 あのとき何が起こったのかはわからないがなにかトラブルが発生し、 ここへ逃げてきたのだろうと考える。

わたしは"おにくさん"にもらった力を意識してみる。 この力があればこの研究所を破壊して逃げることもたやすいだろうという事を確認する。

おにくさんというのはあの時私が幻視した溢れる肉の塊と血の色の瘴気からなる一般的には化け物と呼ばれそうな見た目をしている存在のことだ。 わたしのキメラとしての階梯が上がりおにくさんに存在が近づいたことで認識しても正気を保っていられるようになったため接触を図っていたらしい。

おにくさんはこの世界の境界の外にいるため普通では会話するのが精いっぱいらしいが現在はこの世界の境界が揺らいでいるためそれ以上のことが出来るらしい。 そのおかげでおにくさんのもつ"浸食"という権能をわたしでも振るえるようになっている。 この力はその名の通り現実に浸食する肉塊を生み出す力だ。 具体的にはわたしの体から生み出されそれに接触した物質はそれと同質の存在、つまり肉塊に変換されるという力だ。

いつでも浸食によって逃げ出すことが出来るだろうという安心感はわたしに思考を研ぎ澄まさせる余裕を与える。

今すべきことはこの世界に起きているであろう事変について少しでも多くの情報を得ることだ。 そのためには今逃げ出さず父親との会話が必要だろう。

おにくさんの話によると世界の境界が揺らいでいるのはこの世界に出入りしている存在が原因らしい。

つまり今この世界にはもともとこの世界にいなかった存在が存在していてそれが原因で混乱が起こっている可能性が高いという事だ。

カツ、カツ、カツ──────────

このもったいぶったような歩き方と足音、わたしのお目当ての存在が私が目を覚ましたことに気づいたらしい。

「おはよう、エリー。思ったより元気そうじゃないか。フランスパンの遺伝子が効いているのかな?」

「フランスパン...の遺伝子?なんのことですか、わたしの知っているフランスパンは食べ物であって生物ではありませんでしたが」

「ククッ。そうか、お前は知らないんだったな。俺が研究所から脱出してから現れだした愉快な怪物のことを」

フランスパンの怪物。そんなものは知らない。 つまりこいつが現在この世界に入ってきている異物というわけだ。 そしてそれをわたしに取り込ませたという事だ。


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あの男がしゃべりそうな情報はおおよそ手に入れたといってもいいだろう。 この後わたしはわたしの体に適合したフランスパンの遺伝子の力を確認するために実際にフランスパンの怪物と戦わせられることになるらしい。

逃げ出すならそこだろう。 フランスパンの怪物と戦うふりをして浸食の権能を振るいあの男もろとも研究所を崩壊させる。 そのあとは、フランスパンの怪物を討伐しながら残っている研究所を浸食していこうと思う。

もう二度とわたしと同じような存在を生み出さないために。